中嶋聡(オリックス)監督代行、現役時代はどんな選手?凄い記録ばかり

野球
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こんにちは、今回はオリックスの監督代行へと急遽就任しました中嶋聡オリックス監督代行についてチェックしていきたいと思います。

開幕から、なかんか結果がついてこないオリックスバファローズでしたが、シーズン途中で西村監督が辞任、二軍で監督を務めていた中嶋監督が一軍の監督代行となりました。

オリックスには、若い実力のある投手の山岡投手や山本投手などや、打の中心である吉田選手、

また大物助っ人のジョーンズ選手などの加入により2020年シーズンの躍進が期待されていましたが、

同一カード6連戦6連敗を期すなどのなかんか成績が上がらないままのシーズンにうなっていました。

そんな中で責任を取る形で西村監督が辞任、中嶋二軍監督が代行として残りのシーズンチームの指揮を執ることになりました。

では、中嶋聡監督代行は現役時代どんな選手だったのか?調べてみたら凄い記録ばかりでした。

中嶋聡監督代行(オリックス)のプロフィール

まずは、中嶋聡監督代行のプロフィールですが、

中嶋 聡(ナカジマ サトシ)

生年月日:1969年3月27日

身長:182cm

体重:82kg

出身地:秋田県北秋田市

2086年ドラフト3位 右投げ右打ち

<現役時代>秋田県立鷹巣農林高等学校→阪急ブレーブス(後にオリックス)→

西武ライオンズ→横浜ベイスターズ→日本ハムファイターズ

<コーチ・監督>日本ハムファイターズ→オリックスバファローズ

入団時のは阪急ブレーブスですが、現在のオリックスのもとになっている球団。

球団の生え抜き選手として将来の監督として期待されているのでしょう。

中嶋聡監督代行(オリックス)の選手時代はどんな選手?

中嶋聡選手と言えば、オリックスの正捕手とのイメージでその後西武に移籍、そこから長い間現役を続けていた印象のある選手です。

そんな中嶋監督代行は、現役生活が長いだけありいろいろな記録や記憶に残る選手でした。

日本プロ野球で最も長い間一軍で働いた 29年間

中嶋選手は、1987年から2015年まで一軍の試合に出ました。100試合以上出た年もあり、数試合の年もありましたが、29年間の1軍の試合に出続けた凄い記録を持っています。

オリックス(阪急)西武、横浜、日本ハムの4球団を渡り歩き達成した。

他にも、この記録29年を工藤投手と山本昌投手が達成しています、山本昌投手は中日ドラゴンズ一筋で29年間になります。

それにしても、長い間プロ野球選手として居続けたことは素晴らしいですね。

メジャーリーグに一番近い捕手

週刊ベースボールONLINEより

中嶋監督代行は、オリックス時代の若手時代は、強肩強打しかも俊足とのことから、メジャリーグでプレーできるのではないかと言われていました。

打撃センスは抜群で捕手ながら四番打者も務めることもありました。

強肩でも有名で、盗塁を刺すことにも非常に定評がありました。

そんな、中嶋監督代行ですが、入団11年目にFA権を獲得すると、行使しメジャーリーグ移籍を公言しメジャー球団と交渉します。

アナハイム・エンゼルスに入団が決まりかけますが、第三捕手との3番手捕手でマイナー契約でした。

そのことから、国内の西武と日本ハムが獲得に乗り出し西武に移籍することになりました。

なかなか。海外での捕手が外国人とのことなると移籍は非常に難しくなるのでは無いでしょうか。

実質、城島選手しか捕手としてはメジャリーグで成功は収めていません、それ以前に日本国内も含めて捕手が海外でのプレーに挑戦することは少ないのではないでしょうか。

松阪大輔投手(当時西武)専用捕手

西武ライオンズへ移籍後は、1999年に入団し平成の怪物こと松坂大輔投手の専用捕手として出場をする機会が増えました。

今でこそ、捕手は複数でシーズンを回すことが多くなってきていますが、当時はレギュラー捕手が固定の時代でしたので余計に注目されたのでしょう。

これは、当時の西武首脳陣が、スーパースターである松坂を育てるために、伊藤捕手よりも中嶋捕手の方が、「松坂の調子に応じてリードを組み立てる中嶋のほうがうまく良さを引き出せるのでは」との判断での起用になったと言われています。

しかし、西武ライオンズには伊藤勤捕手が正捕手として君臨していましたで、松阪専用捕手としての期間も長くは続かなかったようです。

トレードでセリーグも経験

西武ライオンズから、トレードで横浜ベイスターズへ移籍します。

この時、プロ16年目とベテランともいえる状況でした。

パリーグで長年活躍してきた中での、セリーグに移籍することでセリーグの野球を経験することになります。

しかし1年間のみの在籍になります。

日本ハムでは、「抑え捕手」

横浜で1年間プレー後に金銭トレードで日本ハムへ移籍。

日本ハムでは、12間在籍します。

在籍時の後半は年間の出場はごくわずかで、コーチ兼任としてチームを支えていました。

その日本ハムでは、一時期「抑え捕手」と呼ばれました。

当時日本ハムの抑えをしていた、マイケル中村投手と非常に相性が良く、最終回にマイケル中村投手が抑えとして登場すると同時に中嶋捕手も登場し試合を締めてくれます。

これだけ、長い間活躍し、日本球界に名前を残した選手です。

中嶋聡監督代行(オリックス)の現役時代の通算成績

29年間の長いプロ野球選手としての通算成績は

1550試合 3977打席 804安打 55本塁打

349打点 打率.232 27盗塁

まとめ

今回は、オリックスの監督代行へ就任した中嶋聡監督代行。

中嶋監督代行の選手時代は、どんな選手だったか?調べてみました。

中嶋監督代行はとにかくすごい選手でした。

2020年シーズンのオリックスの逆襲へのチーム立て直しを期待しましょう。

今回は最後までお読みくださりありがとうございます。

今後とも有益な記事を投稿していきますので何卒宜しくお願いします。

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